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2019年11月26日

新・歴史へGO いだてん第3回~東京オリンピック招致編~ スタッフブログ 大野翼

大野翼

当社のホームページをご覧いただきありがとうございます。

不動産販売課の大野が担当させて頂きます。

今回は、前回に引き続き物語も佳境に入ってきました、

大河ドラマ「いだてん~東京オリンピック噺~」を書かせて頂きます。

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※実際に見ている人もいるため、ネタ晴らし防止のため現在放送している範囲だけ取り上げます。

~前回までのいだてん~

ベルリンオリンピックが第一次世界大戦により、開催が出来なくなったのを

きっかけに現在の正月の風物詩である箱根駅伝が開催されることになったのでした・・・

 

今回は第2部のストーリーと第2部の主人公「田畑政治」にスポットをあてていきたいと思います。

 

田畑政治は、朝日新聞社の政治部門の記者をやっており、新聞社での仕事に加えて、幼少期に水泳をやっていたため、水泳の指導者としても活動しており、1932年ロサンゼルスオリンピックでは、水泳日本代表の監督して、日本人メダリストを数々輩出する等の功績が挙げられます。

無事にロサンゼルスオリンピックが終わり、次の1936年ベルリンオリンピックが開催されるあたって次の1940年オリンピック開催地をどこにするか?との議題があがった際に、候補地として「東京(日本)」「ローマ(イタリア)」「ヘルシンキ(フィンランド)」が最終候補地に決まり、「ローマ」が最有力候補になったが、最終的には、「東京」が1940年オリンピック開催に選ばれることになるが、第二次世界大戦の影響もあって開催権の返上をすることになり、1940年の東京オリンピックは幻となりました。

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※幻のオリンピックとなった1940年東京オリンピック招致ポスター

 

時は流れ、次に東京にオリンピック招致の機会が来るのは1964年になります。

田畑により、オリンピック招致のスピーチを任された平沢和重が行うことになるのですが、スピーチ内容として、

 

【日本では小学校の教科書でもオリンピックの精神が説かれており、子どもたちは直接見ることを待ち望んでいます。日本は極東(Far East)と呼ばれますが、飛行機の飛ぶ現在ではもはや遠い(Far)わけではなく、遠いのは国や人同士の理解です。今こそオリンピックをアジアで開催する時です

上記の内容を15分間という短い時間で日本でオリンピックを開催することの意義をIOC(国際オリンピック委員会)に伝え、IOCに1964年東京でオリンピック開催することを認めてもらえることになるのでした。

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第3回の内容は以上になります。

次回で長きにわたりお送りしてきました、大河ドラマ「いだてん」のストーリー投稿が最終回となります。

冒頭でも記載致しましたが、物語も佳境に入っており、これからますます面白くなってきていますので、最後まで見届けたいと思います。

※ちなみに来年の大河ドラマの主人公は「明智光秀」です。詳細につきましては次回のブログで記載したいと思います。

 

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